拓本「万年に伝える」

 書を始めて少し経つと、白と黒の反転したお手本が気になり始めます。最初何だろうと思います。これは拓本(たくほん)と言って、石碑などに彫られたものを墨と紙を使って写し取ったものです。「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」などの拓本に代表されます。

 石碑を全く汚さずに写し取るにはそれなりの方法と技術がいります。お隣の池田町の山の中に寂しく建っている碑があります。私にとっては始めての拓本ですが、自分で写し取ったもので字の勉強をするのは、また趣きがあっていいものです。北魏の造像記ばりの隷書でしょうか、力強い書体に驚かされます。

 石に彫った字が尖って鋭いのは、石職がノミで掘ったものであるからだ、と聞いたりもしますが、これはそればかりでなく、あのやわらかい筆でも鋭利な起筆は可能なのです。臨書によって筆がノミのように鍛えられてきますが、なかなか時間がかかるようですし、こういったこと一つ見ても書は奥が深いと言われます。

 この碑は、どうやら池田と今立の間に随道ができたときの、相当前の記念碑であるそうですが、「万年に伝える」との言葉に力を感じます。「開発富源」ともあり、開発は富のみなもと、とでも言う意味なのでしょうね。碑文だけでも背丈ほどの高さを持つ大きな碑でした。

 千年後を見詰めてとはよく聞きますが、万年と謳う石碑が近くにあったとは、新鮮な驚きと共にその当時の人々の持つ精神の高さが窺われます。目先の利益を追うことばかりに汲々としている世の中にあって、「傳萬年」の言葉から重い響きを感じとれはしないでしょうか。
’04 11/27

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