莱祀とは、蓬莱祀(ほうらいし)の略にて、古来邑の一大祭典たりしものをいふ。 里北の三里山を、蓬莱山に見傚(なら)し。その蓬莱山の鎮守もまた、邑の鎮守たる玉穂宮それと崇め祭り。乃ち(すなわち)この意義より出できたりたる、一の出し物を造り。要は、男大迹皇子潜龍の昔を偲び奉るとゝもに。五穀成就。國土安全、住民快樂の祈祷をなしたるものなり。 山車物(だしもの)は大體(だいたい)の例によれば。藁二百束ばかりにて高さ殆(だい)一間、周圍(しゅうい)三丈二尺餘(よ)の圓形(えんけい)臺座(だいざ)を作り。松材なる高二尺ばかりの、鱗形わくゝみ橇臺(そりだい)の上に、据附く。 臺座の中央には。長四間半の枝ぶりよき栗の木にて、枝一面には、正にこれ櫻花(おうか)の爛マン(火・曼)たるものと見まがふべき、所謂(いわゆる)彼の米花(まいだま)なるものを、點附(てんぷ)せるもの一本を打立つ。それにはまた、長四間の、鏡竹なるもの一本と。四間半の、幣竹(にぎてだけ)なるもの一本とを立て添ふ。空の方にて鏡竹は、米花木より二尺高ほどに。幣竹は更に三尺高ほどに、打立つ。鏡竹より、一間ばかり下りたる處(ところ)のめぐりには。串の餅とて、五十匁量の白餅一箇づゝを、青竹の串の尖(せん)につきさしたもの、二十本を結わえ。青杉葉にて根じめをなす。下には、囃子(はやし)に備へたる締太鼓一張を結わへ。更に下には、樽づめのまゝなる神酒一升を結ふ。米花木、鏡竹等の正面、臺座の縁なるところには、高五尺ばかりの赤き鳥居を立つ。鳥居には、玉穂宮と題する扁額をかゝげ、七五三を張る。鳥居の左右より、臺座の縁一面にかけては、松の折枝三十六本を並み立て、七五三にてそれを縫ひめぐらす。臺座の腰一帯には、九尺四枚の新菰(まこも)をもて飾りめぐらし。上を、いとCらなる藁縄(わらなわ)にて、ちどりに縫ひかざる。
(資料・男大迹部志)・・・続く

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